マルテンサイト系ステンレス一覧と特性の種類

マルテンサイト系ステンレスの種類や特性について詳しく解説します。高硬度で耐摩耗性に優れた特徴を持つマルテンサイト系ステンレスの成分や用途、加工方法まで網羅的に紹介。あなたの製品開発や材料選定に最適なマルテンサイト系ステンレスはどれでしょうか?

マルテンサイト系ステンレス一覧と特性

マルテンサイト系ステンレスの基本特性
🔍
高硬度・高強度

炭素含有量が比較的高く、熱処理により硬度と強度を向上させることができます。

🧲
磁性あり

マルテンサイト結晶構造により磁性を持ち、磁石に反応します。

🛡️
耐食性

オーステナイト系に比べると劣りますが、一定の耐食性を有しています。

マルテンサイト系ステンレスの定義と結晶構造

マルテンサイト系ステンレスは、鉄を主成分として炭素やクロム(Cr)を添加した金属材料です。その名前の由来となる「マルテンサイト結晶」は、鋼を高温から急冷することで形成される特殊な結晶構造を指します。この結晶構造は体心立方格子(BCC)から体心正方格子(BCT)へと変化することで生じ、高い硬度と強度を実現しています。

 

マルテンサイト系ステンレスの最大の特徴は、熱処理(焼入れ・焼戻し)によって硬度や強度を調整できる点にあります。クロム含有量は一般的に12~18%程度で、これにより一定の耐食性を確保しています。また、炭素含有量は0.1~0.4%と比較的高く、この炭素がマルテンサイト変態を促進し、高硬度を実現する鍵となっています。

 

マルテンサイト結晶構造の形成過程は以下のとおりです。

  1. 高温でオーステナイト相(γ相)に加熱
  2. 急冷によりマルテンサイト相(α'相)に変態
  3. 必要に応じて焼戻しを行い、靭性を調整

この結晶構造の特性により、マルテンサイト系ステンレスは磁性を持ち、磁石に反応するという特徴も備えています。これはオーステナイト系ステンレスとの大きな違いの一つです。

 

マルテンサイト系ステンレスの種類と成分一覧表

マルテンサイト系ステンレスは、JIS規格(日本産業規格)によって様々な種類に分類されています。以下に主要なマルテンサイト系ステンレスの種類と成分を一覧表で示します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

JIS記号 C(%) Si(%) Mn(%) P(%) S(%) Ni(%) Cr(%) Mo(%) その他
SUS403 ≤0.15 ≤1.00 ≤0.040 ≤0.030 - 11.50~13.00 -
SUS410 ≤0.15 ≤1.00 ≤0.040 ≤0.030 - 11.50~13.50 -
SUS410L ≤0.03 ≤1.00 ≤0.040 ≤0.030 - 11.50~13.50 -
SUS416 ≤0.15 ≤1.00 ≤1.25 ≤0.040 ≤0.150 - 12.00~14.00 -
SUS420J1 0.16~0.25 ≤1.00 ≤0.040 ≤0.030 - 12.00~14.00 -
SUS420J2 0.26~0.40 ≤1.00 ≤0.040 ≤0.030 - 12.00~14.00 -
SUS420F ≥0.15 ≤1.00 ≤1.25 ≤0.060 ≤0.150 - 12.00~14.00 -
SUS431 ≤0.20 ≤1.00 ≤0.040 ≤0.030 1.50~2.50 15.00~17.00 -
SUS440A 0.60~0.75 ≤1.00 ≤0.040 ≤0.030 - 16.00~18.00 0.75~1.25 -
SUS440B 0.75~0.95 ≤1.00 ≤0.040 ≤0.030 - 16.00~18.00 0.75~1.25 -
SUS440C 0.95~1.20 ≤1.00 ≤0.040 ≤0.030 - 16.00~18.00 0.75~1.25 -
SUS440F ≥0.95 ≤1.00 ≤1.25 ≤0.060 ≤0.150 - 16.00~18.00 0.75~1.25 -

各グレードの特徴を簡単に解説します。

  • SUS403/410: 基本的なマルテンサイト系ステンレスで、バランスの取れた特性を持ち、広く使用されています。
  • SUS416/420F/440F: 硫黄(S)含有量が高く、被削性に優れています。
  • SUS420J1/J2: 炭素含有量の違いにより硬度が異なり、用途に応じて選択されます。
  • SUS431: ニッケル(Ni)を含有し、耐食性が向上しています。
  • SUS440A/B/C: 炭素含有量が高く、特に高い硬度と耐摩耗性を持ちます。

マルテンサイト系ステンレスの物理的・機械的特性

マルテンサイト系ステンレスは、その特有の結晶構造により、独特の物理的・機械的特性を持っています。これらの特性は、製品設計や材料選定において重要な判断材料となります。

 

物理的特性
マルテンサイト系ステンレスの主な物理的特性は以下のとおりです。

  • 密度: 約7.7g/cm³(一般的な鉄鋼材料と同程度)
  • 熱伝導率: 鉄の約1/2(約24.9W/m・K)と比較的低い
  • 熱膨張係数: 約10.5×10⁻⁶/K(オーステナイト系より小さい)
  • 電気抵抗: 約0.60μΩ・m(一般的な鉄鋼材料より高い)
  • 磁性: 強磁性を示す(磁石に引き付けられる)

特に熱伝導率が低いという特性は、熱処理時や溶接時に注意が必要です。急激な温度変化により内部応力が生じやすく、割れの原因となることがあります。

 

機械的特性
マルテンサイト系ステンレスの機械的特性は、熱処理条件によって大きく変化します。代表的な機械的特性は以下のとおりです。

  • 引張強さ: 焼入れ・焼戻し状態で約760~2000MPa
  • 降伏強さ: 焼入れ・焼戻し状態で約550~1800MPa
  • 伸び: 焼入れ・焼戻し状態で約2~25%
  • 硬度: 焼入れ状態でHRC 40~60、焼戻し状態で用途に応じて調整可能
  • 疲労強度: 一般的な鉄鋼材料より高い

これらの特性は、炭素含有量や熱処理条件によって大きく変わります。例えば、SUS440Cは炭素含有量が高いため、適切な熱処理を施すことでHRC 58~62の非常に高い硬度を得ることができます。

 

耐食性
マルテンサイト系ステンレスの耐食性は、オーステナイト系やフェライト系と比較すると劣りますが、一般的な鉄鋼材料よりは優れています。主な耐食性の特徴は以下のとおりです。

  • 大気中や淡水中での耐食性は比較的良好
  • 塩水や酸性環境での耐食性は限定的
  • クロム含有量が多いほど耐食性が向上(SUS440シリーズはSUS410シリーズより耐食性が高い)
  • 熱処理条件によって耐食性が変化(過度の硬化は耐食性を低下させる場合がある)

耐食性を向上させるためには、表面処理(パッシベーション処理など)を施すことが効果的です。

 

マルテンサイト系ステンレスの用途と適用事例

マルテンサイト系ステンレスは、その高硬度と耐摩耗性を活かして、様々な産業分野で幅広く使用されています。主な用途と適用事例を紹介します。

 

工具・刃物分野
マルテンサイト系ステンレスの中でも特に炭素含有量の多いSUS420J2やSUS440Cは、高い硬度と耐摩耗性を活かして、以下のような工具や刃物に使用されています。

  • キッチンナイフや調理器具
  • 外科用メス
  • はさみ
  • カッターブレード
  • 工業用刃物

特にSUS440Cは、高級包丁や精密カッターに使用され、切れ味の持続性と耐食性のバランスが評価されています。

 

機械部品分野
耐摩耗性と強度を活かして、以下のような機械部品に広く使用されています。

  • ベアリング(SUS440C)
  • バルブ部品(SUS410、SUS420J1)
  • シャフト(SUS431)
  • ポンプ部品(SUS416)
  • 歯車(SUS420J2)
  • スプリング(SUS420J1)

特に回転部品や摺動部品など、摩耗が問題となる箇所に多く使用されています。

 

自動車・航空機分野
耐食性と強度のバランスが求められる自動車や航空機の部品にも使用されています。

  • エンジンバルブ(SUS431)
  • 排気系部品(SUS410)
  • ブレーキ部品(SUS420J2)
  • タービンブレード(SUS403)
  • ファスナー(SUS410)

特に高温環境下で使用される部品には、耐熱性と強度を兼ね備えたマルテンサイト系ステンレスが選ばれることが多いです。

 

医療・食品機器分野
一定の耐食性と高い強度・硬度を活かして、以下のような用途にも使用されています。

  • 医療器具(SUS420J1)
  • 歯科用器具(SUS420J2)
  • 食品加工機械の部品(SUS416)
  • 製薬機械の部品(SUS410)

これらの分野では、耐食性と衛生面が重視されるため、適切な表面処理が施されることが多いです。

 

スポーツ・レジャー用品
耐久性と美観を兼ね備えた特性を活かして、以下のような用途にも使用されています。

  • ゴルフクラブのヘッド(SUS431)
  • 釣り具の部品(SUS420J2)
  • ダイビング器材(SUS410)
  • 登山用具(SUS420J1)

特に屋外で使用される製品には、耐食性と強度のバランスが取れたマルテンサイト系ステンレスが選ばれることが多いです。

 

マルテンサイト系ステンレスの熱処理と加工技術

マルテンサイト系ステンレスの性能を最大限に引き出すためには、適切な熱処理と加工技術が不可欠です。ここでは、マルテンサイト系ステンレスの熱処理方法と加工におけるポイントを解説します。

 

熱処理プロセス
マルテンサイト系ステンレスの熱処理は、主に以下の3つのプロセスから構成されます。

  1. 焼なましアニーリング
    • 目的:加工性の向上、内部応力の除去
    • 温度:750~850℃
    • 冷却:炉冷または空冷
    • 硬度:HRB 85~95程度
  2. 焼入れ(ハードニング)
    • 目的:硬度と強度の向上
    • 温度:950~1050℃(材料により異なる)
    • 保持時間:断面厚さに応じて調整(一般的に10~30分)
    • 冷却:油冷または空冷(急冷)
    • 硬度:HRC 55~62程度(材料により異なる)
  3. 焼戻し(テンパリング)
    • 目的:靭性の向上、残留応力の除去
    • 温度:150~650℃(要求特性により調整)
    • 保持時間:1~2時間程度
    • 冷却:空冷
    • 硬度:HRC 40~58程度(焼戻し温度により調整)

特に焼戻し温度は最終的な機械的特性に大きく影響します。低温焼戻し(150~250℃)では高い硬度を維持しつつ靭性をわずかに向上させ、高温焼戻し(500~650℃)では硬度は低下するものの靭性が大幅に向上します。

 

加工技術のポイント
マルテンサイト系ステンレスの加工には、以下のようなポイントがあります。

  1. 切削加工
    • 焼なまし状態での加工が推奨される
    • 切削速度は一般的な鋼の70~80%程度に抑える
    • 工具の摩耗が早いため、高硬度工具(超硬やセラミック)の使用が効果的
    • 切削油は硫黄系よりも塩素系が適している
  2. 塑性加工(曲げ、絞り)
    • 焼なまし状態での加工が必須
    • 加工硬化が大きいため、一度の加工量を小さくする
    • 曲げ加工では最小曲げ半径を材料厚さの2~3倍程度確保する
    • 加工後の熱処理(焼なまし)で残留応力を除去することが望ましい
  3. 溶接
    • 予熱(200~300℃)と後熱(600~650℃)が重要
    • 溶接部は硬化しやすく、割れが発生しやすい
    • 溶接後の熱処理(焼なまし)が推奨される
    • 溶接材料は同種または高合金系を選択する
  4. 表面処理
    • パッシベーション処理による耐食性