金属粉末射出成形(Metal Injection Molding、通称MIM)は、プラスチック射出成形技術と粉末冶金技術を融合させた革新的な製造方法です。この技術は、複雑な形状の金属部品を高精度に大量生産することを可能にします。
MIMの基本原理は、微細な金属粉末(一般的に10ミクロンレベル)と有機バインダー(結合剤)を混合し、射出成形機を用いて金型内に射出・成形する点にあります。プラスチック成形との大きな違いは、成形後に脱脂工程と焼結工程を経ることで、最終的に高密度の金属部品を得られる点です。
MIMの主な特徴は以下の通りです。
従来の金属加工法と比較すると、切削加工では困難な複雑形状の加工や、鋳造では難しい高精度な寸法公差の実現が可能です。また、材料のロスが少なく、高価な金属材料の効率的な利用にも貢献します。
金属粉末射出成形(MIM)の製造工程は、大きく分けて5つのステップから構成されています。それぞれの工程について詳しく見ていきましょう。
1. 混練工程
金属粉末と有機バインダー(プラスチックやワックスなどの結合剤)を均一に混ぜ合わせます。この工程では、熱と圧力を加えながら材料を混合し、金属粉末の表面をバインダーで均一にコーティングします。混練の品質は最終製品の品質に大きく影響するため、非常に重要な工程です。
2. 造粒工程
混練された材料をペレタイザーという機械を用いて、射出成形に適したペレット状の「フィードストック」に加工します。この工程により、射出成形機への材料供給が容易になります。
3. 射出成形工程
フィードストックを射出成形機に投入し、約200℃程度に加熱して溶融状態にします。溶融した材料は高圧で金型内に射出され、冷却されて「グリーンパーツ」と呼ばれる成形体になります。この段階では、まだバインダーを含んでいるため、最終製品よりも大きなサイズで成形されます。
4. 脱脂工程
グリーンパーツから有機バインダーを除去する工程です。一般的に、溶媒を用いた化学的脱脂と、加熱による熱分解脱脂の2段階で行われます。この工程で得られる部品は「ブラウンパーツ」と呼ばれ、非常に脆い状態です。
5. 焼結工程
脱脂された部品を高温(材料により異なるが通常1200℃~1400℃程度)の焼結炉で加熱し、金属粉末同士を結合させます。この工程で部品は収縮し、最終的な寸法と機械的特性を獲得します。焼結後の部品は相対密度95%以上の緻密な金属組織となります。
これらの工程を経て、複雑な形状の金属部品が高精度に製造されます。工程全体の管理が重要であり、特に焼結時の収縮率の制御が製品精度を左右する重要なポイントとなります。
金属粉末射出成形(MIM)は多くの優れた特性を持つ一方で、いくつかの制約も存在します。ここでは、製造業の視点からMIMのメリットとデメリットを詳しく解説します。
■メリット
■デメリット
MIMは、複雑形状の金属部品を中~大量生産する場合に特に優位性を発揮します。初期コストは高いものの、量産効果により1個あたりのコストを抑えられるため、生産数量に応じた製造方法の選択が重要です。
金属粉末射出成形(MIM)技術は、その高い形状自由度と精度から、様々な産業分野で活用されています。ここでは、MIMで製造される代表的な製品と、それらが使用される産業分野について詳しく解説します。
自動車産業
自動車部品は、MIMの最大の用途の一つです。特に以下のような部品に活用されています。
これらの部品は、高い耐久性と精度が求められるとともに、量産性も重視されるため、MIMの特性が活かされています。
精密機械・電子機器
小型で複雑な形状の部品が多い精密機械や電子機器分野でも、MIMは広く採用されています。
特に、磁性材料(純鉄、Fe-Si、パーマロイなど)を用いたMIM部品は、磁気特性と形状精度の両立が可能なため、電子機器の重要部品として使用されています。
医療機器
医療分野では、生体適合性の高い材料(チタン合金、ステンレス鋼など)を用いたMIM部品が重宝されています。
特に、複雑な形状と高い清浄度が要求される医療機器には、MIMの特性が非常に適しています。
航空宇宙産業
高い信頼性と軽量化が求められる航空宇宙分野でも、MIM部品が採用されています。
特に、チタン合金やニッケル基超合金などの難加工材を用いた複雑形状部品の製造に優位性があります。
その他の産業分野
MIM技術は、小型で複雑な形状の金属部品を高精度に量産できるという特性から、今後も様々な産業分野での応用が拡大していくと予想されます。特に、電気自動車や5G通信機器、医療機器など、高機能・高精度部品の需要が高まる分野での活用が期待されています。
金属粉末射出成形(MIM)技術は、近年急速に進化しており、従来の製造方法では実現できなかった新たな可能性を切り開いています。ここでは、MIM技術の最新動向と将来展望について解説します。
最新技術動向
最近のMIM技術では、従来の金属材料だけでなく、新たな高機能材料の開発が進んでいます。例えば。
これらの新素材は、特に医療機器や次世代自動車部品などの高付加価値製品に採用されつつあります。
異なる金属粉末を組み合わせた傾斜機能材料(FGM:Functionally Graded Materials)の製造技術も進化しています。部位によって組成や特性が変化する部品を一体成形できるため、熱応力の緩和や機能の複合化が可能になります。
MIM工程のデジタル化・自動化も急速に進んでいます。
これにより、従来は経験と勘に頼っていた部分が科学的に制御可能になり、品質の安定化とコスト削減が実現しています。
金属粉末積層造形(Metal Additive Manufacturing)とMIMを組み合わせたハイブリッド製造技術も注目されています。3Dプリンティングで複雑な基本形状を作り、MIMの知見を活かした後処理で高密度化する手法などが研究されています。
将来展望
さらに微細な部品(サブミリメートルサイズ)の製造技術が進化しており、マイクロエレクトロニクスや医療用マイクロデバイスへの応用が期待されています。特に5G・6G通信機器や次世代センサーなどの分野で需要が高まると予想されます。
MIM技術は材料効率が高く、廃棄物が少ないという特性から、製造業のカーボンニュートラル化に貢献する技術として再評価されています。さらに、バインダーの生分解性材料への置き換えや、脱脂工程のエネルギー効率化なども進んでいます。
多品種少量生産へのシフトに対応するため、金型コストを抑えた小ロット対応型MIM技術の開発も進んでいます。例えば、3Dプリンティングで作製した金型を用いる方法や、モジュール型金型システムなどが研究されています。
従来はMIMの適用が限られていた分野にも技術が広がりつつあります。
MIM技術は、単なる金属部品の製造方法を超えて、材料科学、デジタル技術、環境技術などと融合しながら進化を続けています。今後は、従来の製造方法では実現できなかった高機能部品の製造を可能にし、様々な産業の技術革新を支える基盤技術として、さらに重要性を増していくでしょう。
日本国内でも、大手メーカーから専門の加工業者まで、MIM技術の研究開発と実用化が活発に行われており、グローバル市場での競争力強化に貢献しています。